不眠症

■ 不眠症とは

 不眠症は睡眠障害のひとつで、睡眠障害の国際分類(ICSD:International Classification of Sleep Disorder)によると、「個人にとって必要な睡眠量の不足」、「日常、習慣的にとる睡眠後の朝に睡眠充足感がない」のいずれかであると定義されています。翌朝に睡眠に対して充足感が少なく、そのために身体的、精神的、社会生活上に支障がある場合を不眠症と考えてよいと思います。

 現代社会では一般成人の30〜40%が何らかの不眠症状を有しており、持続性の不眠症に悩んでいる人は人口の10%以上であり、さらに約3%が習慣的に睡眠薬を服用しています。慢性化した不眠症は、QOL(生活の質)の低下をきたすだけでなく、心身の健康に大きな影響を与えます。また、不眠症が慢性化して1年以上続くと、うつ病になる危険性が高まることも報告されています。

■ 睡眠障害の分類

 本稿では、ICSDの中で特に鍼灸臨床で必要と考えられるものについて紹介します。

1. 睡眠異常

 睡眠異常は他の疾患に起因しない、一般的な睡眠障害です。

1) 内在因性睡眠障害

 中枢神経系を含めた患者の身体や患者自身に原因が存在するものです。

①精神生理性不眠症

 これといった原因がないにもかかわらず、慢性的に不眠が持続する状態です。多くの場合、時々不眠を自覚している人がストレスなどに関連して不眠となり、そのストレスがなくなった後にも不眠が持続します。症状は、寝ようとすると目が冴えて寝付くことができないが、非日常的な状況(旅先など)では、よく寝られるといったことがよくみられます。

2) 外在因性睡眠障害

 外的要因として、日常生活の状況、嗜好品の接種や薬物の服用(依存や中毒)、睡眠環境などが挙げられます。

①不適切な睡眠衛生

 日常生活における覚醒過剰な原因(カフェイン、タバコ、アルコール、睡眠時間前の激しい運動やストレスなど)、あるいは睡眠を妨げる要因(不適切な室温、早朝の光の差し込みなど)により起こります。

②適応性睡眠障害

 急なストレス、葛藤、情緒的高揚などにより起こり、不眠の持続期間は短時間なのが特徴的です。

③睡眠不足症候群

 仕事などのために必要な夜間睡眠が取れない状況が持続したことにより起こり、過剰な眠気または入眠障害を生じます。

④アルコール依存性睡眠障害

 入眠用に使用している睡眠薬、またはアルコールの常用により耐性が形成され、効果が減少して起こります。また、それらから離脱するときにも起こります

3) 概日リズム睡眠障害

 時間生物学的な問題が発症の背景に存在し、患者の睡眠パターンや睡眠時間帯と社会的に望まれる睡眠覚醒パターンのずれにより発症します。いわゆる、時差ぼけ昼夜交代勤務者に起こります。

2. 睡眠時随伴症

 睡眠・覚醒自体の障害ではないが、夜間の睡眠中に起こる望ましくない様々な症状のことです。代表的には、夢遊病や夜驚症があり、寝言悪夢、夜尿症、歯ぎしりなども含まれます。

3. 内科/精神科的睡眠障害

1) 精神障害に伴うもの

 精神障害により発症するもので、不眠を訴えて医療機関を訪れる患者では、うつ病不安神経症が最も多く、約半数を占めます。

①「精神病」

 精神病による不眠は、統合失調症、薬物による精神病、他の器質性精神病などにより起こります。

②「気分障害」

 気分障害による不眠は、うつ病躁病により起こります。

③「不安障害」

 不安障害による不眠は、過剰な不安予期不安による入眠障害と睡眠持続障害が特徴です。

■ 不眠症の症状

 不眠症の症状は、夜間なかなか入眠できず、寝付くのに普段より2時間以上かかる入眠障害、一旦寝ついても夜中に2回以上目が醒める(さらになかなか寝付けない)中間覚醒、朝起きたときにぐっすり眠った感じのえられない熟眠障害、普段よりも2時間以上早く目が覚めてしまう早朝覚醒があります。

■ 東洋医学からみた不眠

 東洋医学では、不眠は陰と陽の相対的なバランスが崩れたときに発症すると考えられています。昼間は陽が、夜間は陰が旺盛になるが、夜間に何らかの原因で陽が旺盛になった結果、不眠症が生じると考えられます。

1. 肝胆鬱熱(肝火)の不眠(実証)

 悩みや怒り、ストレスなどで肝の疏泄が失調すると肝鬱になり、気が熱に転ずること(化火)して肝火となります。肝火の熱により精神が乱され、精神状態が不安となり、不眠が発症します。

2. 痰熱擾心の不眠(実証)

 脾虚、あるいは脂っこいもの、甘いものの過食で脾の運化作用が失調し、そのために痰が生成されることによって、精神が乱されて不眠を発症します。

3. 心腎不交の不眠(虚証)

 働きすぎなどにより腎陰が虚してくると心陰を滋養できなくなり、心気が盛んになって不眠が発症します。

4. 心脾両虚の不眠(虚証)

 悩みすぎ、働きすぎなどにより脾の運化作用が失調して、気血の生成が低下して心血の不足を招き、心神不安となって不眠が発症します。

なお、多くの不眠症患者は虚と実の両方を有し、虚実挟雑証となっているようです。

■ 鍼灸治療

1. 治療対象

 「社会や家庭生活の中で、本人が感じる、または周囲の人が見て、普通の生活を行えている場合」は、鍼灸治療単独でも治療が可能です。「普通の生活を行えない場合」は、現代医学的治療と鍼灸治療を併用する必要があります。鍼灸治療が不適で現代医学的治療が優先される場合は、統合失調症や重度のうつ病(自殺念慮がある場合)、躁病などです。

2. 鍼灸院における不眠患者の実態

 不眠を主訴として鍼灸治療に来院する患者は少ないですが、腰痛や肩こりなどの愁訴とともに不眠を自覚している患者は高齢者を中心に少なくありません。鍼灸治療により不眠が軽減すれば、患者を心身ともに健康にできると考えられます。

3. 現代医学的な鍼灸治療

 不眠症患者は「とにかく眠りたい」気持ちが強いため、鍼灸治療より薬物療法(睡眠薬)の方が効果的で満足度は高いようです。したがって最初は、薬物療法に鍼灸治療を併用して治療を行うのが良いと思います。鍼灸治療を併用することで不眠症が改善されれば、患者は自然に睡眠薬を服用しなくなるようです。

 現代医学的な観点から鍼灸治療を組み立てることは難しいので、東洋医学的なアプローチで施術を行います。

4. 東洋医科学的な鍼灸治療

1) 肝胆鬱熱(肝火)の不眠(実証)

 肝火を抑えて肝の疏泄昨日を改善することと不安を軽減し、精神的に安定させることを治療方針とします。

2) 痰熱擾心の不眠(実証)

 熱を取り、痰を除くことと胃の機能を改善し、精神的に安定させることを治療方針とします。

3) 心腎不交の不眠(虚証)

 腎を補い、心の高ぶりを抑えて精神的に安定させることを治療方針とします。

4) 心脾両虚の不眠(虚証)

 脾の機能を健やかにし、気血を生成して、心を養うことを治療方針とします。

不眠症患者では、頸肩背部のこり感、心身の愁訴を訴える人が多く、それらに対応した治療も適宜加えます。